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アーカイブス(国内外の新聞)

国内外の新聞記事

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おことわり~以下にご紹介する新聞記事について

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掲載されていない雑誌・新聞記事等をご存知の方へ

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  • 朝日新聞

    朝日新聞 1964年8月12日夕刊号朝日新聞 1968年8月8日夕刊号朝日新聞 1973年2月15日夕刊号朝日新聞 1973年2月16日号朝日新聞 1977年2月1日夕刊号朝日新聞 2004年8月2日夕刊号
    • 1964年8月12日夕刊号

      アメリカへ修行に
      18歳のジャズ歌手・田辺エイコ

    • 1968年8月8日夕刊号

      TVCM時代(2) イェイェ
      現代的なリズム感 売れ行きもすごい

    • 1973年2月15日夕刊号

      公演途中で放り出し失跡
      朱里エイコ 歌詞間違えて中断後
      醜態に責任感じた?

    • 1973年2月16日号

      歌えなくて窓から逃げだしたの
      朱里エイコ戻る

    • 1977年2月1日夕刊号

      表現が豊かになったお客さんにびっくり
      朱里エイコ、日本公演で感想

    • 2004年8月2日夕刊号

      朱里エイコさん都内自宅で死去

  • 音楽舞踊新聞

    音楽舞踊新聞 1967年5月5日号(上旬号)音楽舞踊新聞 1967年10月15日(中旬号)音楽舞踊新聞 1967年11月25日号(下旬号)
    • 1967年5月5日号(上旬号)

      「恋のおとし穴」広告
      踊り出た!! 朱里エイコ ポップス界待望の大型歌手登場!

    • 1967年10月15日(中旬号)

      一年半ぶりの赤坂ミュージカルに出る
      堀内美紀・朱里エイコ(キング)

    • 1967年11月25日号(下旬号)

      9・10月のミュージカル(3)
      「屋根の上のバイオリン弾き」・芸術祭ミュージカル
      『恋しかるらん物語』
      (文・堤清伍)

  • 産経新聞

    産経新聞 2004年8月3日号
    • 2004年8月3日号

      「北国行きで」ヒット 朱里エイコさん死去

  • サンケイスポーツ

    サンケイスポーツ 2004年8月3日号
    • 2004年8月3日号

      「北国行きで」大ヒット 朱里エイコさん死去

  • スポーツニッポン

    スポーツニッポン 1967年4月30日号スポーツニッポン 1977年11月16日号スポーツニッポン 2004年8月3日号
    • 1967年4月30日号

      興行街はホクホク
      存分にファン魅了 日本語で「五つ木の子守唄」も
      アンディ・ウィリアムス公演

    • 1977年11月16日号

      秋晴れ…防衛大「開校記念祭」こんにちは
      朱里エイコさわやかヤング(防大生たち)に敬礼
      "男らしくて素敵ネ"/歌謡ショー キャンパスに響く歓声

      朱里、29日にリサイタル(中野サン・プラザ)
      新曲キャンペーン兼ね/P・アンカから贈られた新曲を

    • 2004年8月3日号

      「北国行きで」が大ヒット、脚線美で魅了
      朱里エイコさん急死

  • スポーツ報知(報知新聞)

    報知新聞 1966年11月27日号報知新聞 1966年12月1日号報知新聞 1967年4月21日号報知新聞 1967年4月29日号報知新聞 1983年6月8日号報知新聞 1983年6月9日号報知新聞 1983年6月17日号スポーツ報知 2004年8月2日号
    • 1966年11月27日号

      朱里エイコがリサイタル アメリカ仕込みを披露

    • 1966年12月1日号

      小がらなからだで精力的に 朱里エイコ・リサイタル

    • 1967年4月21日号

      「しようがないからしばらくは日本にいます」と欲のないことをいうレコード歌手が誕生。

    • 1967年4月29日号

      振りそで姿のホステスに
      アンディ、マンシーニ公演 朱里エイコと沼田奈美子

    • 1983年6月8日号

      朱里エイコが失跡 海外出た可能性も

    • 1983年6月9日号

      失跡の朱里エイコ保護
      すっぽかされたレストラン "損害賠償"求める

    • 1983年6月17日号

      朱里エイコ 天才か"狂気"なのか ナゾの失跡、入院…復活は
      2年前から"神がかり" 私E・Tなの
      実力高く評価 クラブは再起に積極的

      • 奇行で有名
      • 心霊手術を受けたい
      • 証拠はイニシアル
      • 秋メドに休ませる

      記者の目

      • 米国で受けたダイナマイト娘
      • ビッグ意識と現実のギャップ
    • 2004年8月2日号

      72年「北国行きで」が大ヒット
      朱里エイコさん急死
      16歳で渡米 ラスベガスなどで活躍 "100万ドルの脚線美"

  • 中日新聞

    中日新聞 2004年8月2日夕刊号
    • 2004年8月3日号

      朱里エイコさん急死
      58歳虚血性心不全

  • 中日スポーツ新聞(東京)

    中日スポーツ新聞(東京) 2004年8月3日号
    • 2004年8月3日号

      朱里エイコさん急死
      58歳虚血性心不全

  • デイリースポーツ

    デイリースポーツ 1967年4月30日号デイリースポーツ 2004年8月3日号
    • 1967年4月30日号

      奇声で幕あけ「アンディ公演」
      あでやか?着物姿も
      ひばり、チエミもサービス 日本語で「五ツ木の子守歌」

    • 2004年8月3日号

      朱里エイコさん死去
      「北国行きで」がヒット
      58歳、虚血性心不全

  • 東京スポーツ新聞

    東京スポーツ新聞 2004年8月3日号
    • 2004年8月3日号

      朱里エイコさん急死
      58歳虚血性心不全

  • 内外タイムス

    内外タイムス 1967年4月12日号内外タイムス 1967年4月27日号内外タイムス 1967年5月7日号内外タイムス 1974年8月10日号
    • 1967年4月12日号

      踊り子密輸出事件 朱里みさをさんは訴える
      犯人扱いにガックリ 親善のつもりなのに……

    • 1967年4月27日号

      新人歌手 朱里みさをの愛娘
      キングからデビューの朱里エイコ 待望の大型歌手

    • 1967年5月7日号

      プロに大モテ アンディ・ウィリアムス
      美空がベタぼれ "ハクつけ"に利用 共演志願が殺到

    • 1974年8月10日号

      結婚で"観賞度"アップ
      朱里エイコ 新曲「白い小鳩」発表

  • 日刊スポーツ

    日刊スポーツ 1967年4月21日号日刊スポーツ 2004年8月3日号
    • 1967年4月21日号

      スタジオ110番 張り切る朱里エイコ

    • 2004年8月3日号

      「北国行きで」大ヒット、"100万ドルの脚線美"
      朱里エイコさん急死

  • 日本経済新聞

    日本経済新聞 2004年8月2日夕刊号
    • 2004年8月2日夕刊号

      朱里エイコさん自宅で死去

  • 毎日新聞

    毎日新聞 2004年8月2日夕刊号
    • 2004年8月2日夕刊号

      「100万ドルの脚線美」朱里エイコさん急死
      都内の自宅

  • 夕刊フジ

    夕刊フジ 2004年8月3日号夕刊フジ 2004年8月6日号夕刊フジ 2004年8月21日号
  • 読売新聞

    読売新聞 1993年8月24日号読売新聞 2004年8月2日夕刊号
    • 1993年8月24日号

      朱里エイコさん宅出火

    • 2004年8月2日夕刊号

      「北国行きで」

  • Henderson Home News

    Henderson Home News 1966年7月7日号
    • 1966年7月7日号
      内容
      Riviera Hotel(ラスベガス)のStarlite Theatreでのショーの広告
      出演
      Sarah Vaughan, Scott Smith, Brothers Kim & Eiko
  • Idaho State Journal

    Idaho State Journal 1970年4月29日号
    • 1970年4月29日号
      内容
      Cactus Pete'sというカジノ・モーテルでのショーの広告
      出演
      Eiko Shuri And The Mercenaries(Cactus Pete's), Lenny Dean(Horsehoe)
  • Oakland Tribune

    Oakland Tribune 1965年4月2日号Oakland Tribune 1970年5月17日号Oakland Tribune 1970年7月26日号Oakland Tribune 1970年8月2日号 (1)Oakland Tribune 1970年8月2日号 (2)
    • 1965年4月2日号
      内容
      Harrah's(リノ)でのショーの広告
      出演
      Billy Eckstine, Jerry Colonna, Rocky Rockwell, Brothers Kim with Eiko
    • 1970年5月17日号
      内容
      リノ~レイク・タホ周辺で開催されるショーのスケジュール一覧
      詳細
      Eiko Shuri(NEVADA LODGE, July 21~Aug 9)
    • 1970年7月26日号
      内容
      ベイエリア~ネバダ周辺で開催されるショーのスケジュール一覧
      詳細
      Eiko Shuri(NEVADA LODGE)
    • 1970年8月2日号 (1)
      内容
      ベイエリア~ネバダ周辺で開催されるショーのスケジュール一覧, 出演先のNEVADA LODGEのホテル広告
      詳細
      Eiko Shuri(NEVADA LODGE)
    • 1970年8月2日号 (2)
      内容
      ネバダ州(タホ、リノ、ラスベガス)で行われているショーの紹介
      詳細
      Eiko Shuri(NEVADA LODGE)
  • Pacific Stars and Stripes

    在日米軍向けの新聞
    Pacific Stars and Stripes 1968年5月14日号Pacific Stars and Stripes 1968年7月27日号Pacific Stars and Stripes 1972年2月28日号Pacific Stars and Stripes 1972年7月12日号
    • 1968年5月14日号
      見出
      Eiko Shuri - A Pixie Determined to Succeed
      抄訳

      6月24日から始まるラテン・クォーターでの大きなショーを控え意欲を燃やす朱里エイコ。

    • 1968年7月27日号
      見出
      'Little Girl Big' - Solid Entertainment
      抄訳

      朱里ダンサーズを従えて朱里エイコが東京ヒルトン(現・ヒルトン東京)のStar Hill Clubで観客を圧倒。

    • 1972年2月28日号
      見出
      Back by Popular Request
      抄訳

      米軍関係者に人気の朱里エイコが4月1日にGay 90's Room(赤坂の山王?)のステージに出演。

    • 1972年7月12日号
      内容
      ショーの告知
      詳細
      8月18日、Gay 90's Roomに出演。
  • Press Telegram

    Press Telegram 1970年8月21日号Press Telegram 1970年8月28日号
    • 1970年8月21日号
      内容
      HOP LOUIE'S LATITUDE 20°(Torrance)でのショーの広告
      詳細
      Sahara Hotel(ラスベガス)で行ったショーのキャストを率いて、トーランスのポリネシアン料理店のディナーショーに出演。
    • 1970年8月28日号
      内容
      HOP LOUIE'S LATITUDE 20°でのショーの広告
      詳細
      朱里エイコとコメディアンのBenny Masonが出演。
  • San Mateo Times

    San Mateo Times 1965年4月30日号San Mateo Times 1965年5月14日号San Mateo Times 1966年7月15日号
    • 1965年4月30日号
      見出
      Jerry Colonna, Eckstine at Harrah's Tahoe
      抄訳

      Harrah's RenoのラウンジにJerry ColonnaとBilly Eckstineといった人気者が出演中。また、Rocky Rockwellや、有名なKim Sistersの兄弟であるThe Brothers Kim with Eikoも出演する。

    • 1965年5月14日号
      見出
      Singer Jimmy Dean Opens Monday at Harrah's Tahoe
      抄訳

      Jimmy DeanがHarrah's Tahoeに初登場、女性歌手のMolly Beeと共演する。Harrah's Renoのラウンジでは、Billy Eckstlne、Jerry Colonna、Rocky Rockwell、The Brothers Kim with Eikoらがショーに華を添えている。

    • 1966年7月15日号
      見出
      Hypnotist Pat Collins, Riviera Hotel's Feature
      抄訳

      催眠術とコメディを織り交ぜて楽しませるPat Collinsが1年ぶりにメインで登場するほか、The Brothers Kim with EikoとScott Smith Quartetが出演。

  • Scottsdale Daily Progress

    Scottsdale Daily Progress 1976年8月20日号Scottsdale Daily Progress 1977年7月8日号Scottsdale Daily Progress 1977年9月2日号
    • 1976年8月20日号
      見出
      Local group will back Japanese headliner - Singer, player, arranger takes step forward
      抄訳

      Harvey TruittがBill Cone(ドラム)とAllan Ginter(ベース)を引き連れて日本で朱里エイコのバックバンドを務める。彼らはジャズとポップスに定評があり、目玉はリーダーであるHarvey Truittの歌とキーボードになっている。今度のツアーへは2人のコーラスを同行する予定だそうだ。

      朱里エイコは1972年にデビューし、今までに30ものヒット曲と9枚のアルバムを出している。最近ではワーナーでTower of Powerとシングルのレコーディングをした。Truitt氏によると、彼女はアメリカではまだまだ知名度が低く、ラスベガスでのライブをレコードにしてアメリカで売り出そうとしている。今度のコンサートにはワーナーの重役も日本へ行くことになっている、とのこと。

      朱里エイコとの出会いは、6月のカーネギーホール公演でThe Reycardsのバックバンドを務めていたときのこと。彼にとって今回の経験は特に目新しいものではないが、海外でのツアーに参加することで確実に一歩前進できるだろうという。(後略)

    • 1977年7月8日号
      見出
      From Disneyland to Las Vegas - Or how a singing tot grows into a Japanese recording star and entertains the 'uninhibiteds' in Glitter Gulch.
      抄訳

      (一部抜粋) Harvey Truittは学校を卒業した後1年半ディズニーランドでアレンジャーやスーパーバイザーとして働いた。その後エージェントの勧めでフィリピン人のコメディアンThe Reycardsと手を組んで編曲やバンドの指揮を執った。彼らとはハワイツアーやカーネギーホールへの出演を果たしている。

      最近では日本の人気レコード歌手である朱里エイコに出会った。彼女はすぐに動けるアレンジャーを必要としていて、彼がちょうど適任だったというわけだ。彼はとても気に入られ、日本でのコンサートツアーへ同行するよう依頼された。彼はバンドを結成して日本に2ヶ月間滞在。その間にアルバムのレコーディングをし、朱里エイコのために歌を2つ書いた。このおかげで、5つのシングル発売と今年後半の日本でのツアーの契約を取ることになった。

    • 1977年9月2日号
      内容
      Harvey Truittのショーのスケジュール
      抄訳

      Harvey TruittとそのグループはリノのEldorado Hotelに出演中。その後はラスベガスのAladdin Hotel、11月にはSahara Tahoeに出演。Harvey Truitt自身は、レイバー・デイのある週末にJerry Lewis Telethonに出演する予定で、現在は朱里エイコのためにポールアンカの作品を4曲アレンジしている。

  • The Straits Times

    シンガポールの新聞
    The Straits Times 1970年12月5日号The Straits Times 1982年9月5日号The Straits Times 1982年9月12日号The Straits Times 1982年9月13日号 (1)The Straits Times 1982年9月13日号 (2)
    • 1970年12月5日号
      見出
      Just the thing to take your mind off the show
      抄訳

      トロピカーナ・ホテルではクリスマスのスペシャルショーとして「Tokyo Holiday '71」というレビューを上演。(中略)日本人歌手である朱里エイコは、スペシャルショーというわりにどこにもスペシャルなところがないという失望感を補って余るほどセンセーショナルであった。彼女は日本のナンバーワン歌手と紹介されたが、事実その予告通り見事にやってのけた唯一の歌手で、若干22歳ながら自分自身でアメリカでのナイトクラブ契約を結んでしまうほどの歌手である。

    • 1982年9月5日号
      見出
      Japanese help to improve cultural shows urged
      抄訳

      日本文化交流フェスティバルの開催に伴って、イベント活性化のために世界的に活躍する日本人アーティストを呼んでいる。昨夜のショーに、日本からは小坂恭子と朱里エイコが出演した。

    • 1982年9月12日号

      尾崎紀世彦が長髪を理由に入国許可を取り消された一方、朱里エイコにはトラブルもなくショーを開催する。彼女は日本のライザ・ミネリと呼ばれ、東京音楽祭ではゴールデン・スター賞を獲得し、ポールアンカ作曲の「ジョーのダイヤモンド」は作曲賞に輝いた。

    • 1982年9月13日号 (1)
      見出
      Heartfelt songs
      抄訳

      第12回日本文化交流フェスティバルに小坂恭子と朱里エイコが出演。障がいを持つ人や恵まれない人の幸せを願って歌った。

    • 1982年9月13日号 (2)
      内容
      Love comes with a song
      抄訳

      小坂恭子と朱里エイコが恵まれない人たちのために歌った。第12回日本文化交流フェスティバルのためにやってきたのだが、その後2日間チェシャーホームや赤十字や救世軍を訪問。そこで過ごす人たちを喜ばせていた。(中略)

      朱里エイコは3年前に罹った疾患のために人生観が変わったという。「それまではスターになって、裕福になって……と思っていました。ところが喉を痛めたことで、医者からそれまでのようには歌えなくなるだろうと告げられたんです。私にとっては声が全てだったのに、それを失ってしまうということにずいぶん悩みました。でも今は考え方が変わりました。歌で世界中の人に幸せを与えたい。そして障がいを持った人や恵まれない人たちのために少しでも役に立てればと思っています。喉を痛めたことがそれを気づかせてくれて、今は歌えることに感謝しています。」という彼女はアメリカのマスコミに"ライザ・ミネリ"のようだと評されたほどの歌手。幸運なことに声は回復し以前より高い声が出るようになった。

      朱里エイコは1960年代にアメリカでデビュー、1972年にリリースしたシングル「北国行きで」は最大のヒット曲となった。1977年にはポールアンカが「ジョーのダイヤモンド」を提供、1978年の東京音楽祭ではゴールデンスター賞と作曲賞を受賞した。今は日本で歌う事に集中しているとのこと。

  • Tucson Daily Citizen

    Tucson Daily Citizen 1965年4月3日号Tucson Daily Citizen 1965年4月7日号Tucson Daily Citizen 1965年4月8日号Tucson Daily Citizen 1965年4月10日号Tucson Daily Citizen 1965年4月12日号Tucson Daily Citizen 1965年4月14日号Tucson Daily Citizen 1965年4月17日号 (1)Tucson Daily Citizen 1965年4月17日号 (2)Tucson Daily Citizen 1965年4月19日号Tucson Daily Citizen 1965年4月20日号Tucson Daily Citizen 1965年4月21日号Tucson Daily Citizen 1965年4月22日号Tucson Daily Citizen 1965年4月24日号Tucson Daily Citizen 1966年5月26日号 (1)Tucson Daily Citizen 1966年5月26日号 (2)Tucson Daily Citizen 1966年5月31日号
    • 1965年4月3日号
      見出
      What To See And Do Next Week (NIGHTCLUBS)
      内容
      Ross Smitherman's Spanish Trail(アリゾナ州ツーソンにあるレストラン・ラウンジ併設のモーテルに)ではThe Glorious Greeksが水曜日まで、木曜日からはthe Brothers Kim With Eikoが出演。ショーは毎晩8時、10時、12時から。
    • 1965年4月7日号
      内容
      SPANISH TRAILでのショーの広告
      詳細
      The 9 GLORIOUS GREEKSは今夜限り。9時のショーにはThe Los ELEGANTESのアトラクションあり。明晩からThe BROTHERS KIM & EIKOが出演。
    • 1965年4月8日号
      内容
      SPANISH TRAILでのショーの広告
      詳細
      今晩から開演。THE BROTHERS KIMとEIKOがラスベガスのトロピカーナホテルからそのままのキャストで出演。ショーは毎晩8時、10時、12時。
    • 1965年4月10日号
      見出
      What To See And Do Next Week (NIGHTCLUBS)
      内容
      SPANISH TRAILにBrothers Kim With Eikoが出演。ショーは毎晩8時、10時、0時。
    • 1965年4月12日号

      ただ今出演中!内容は1965年4月8日号と同じ。

    • 1965年4月14日号

      ただ今出演中!内容は1965年4月8日号と同じ。

    • 1965年4月17日号 (1)
      見出
      What To See And Do Next Week (NIGHTCLUBS)
      内容
      SPANISH TRAILでは月曜から10日間The Jetsのバラエティーショーを開催。the Brothers Kim with Eikoは月曜から土曜日まで続演。毎晩7時に開演、6時間ものお楽しみ。
    • 1965年4月17日号 (2)

      今夜まで。内容は1965年4月14日号と同じ。

    • 1965年4月19日号
      内容
      SPANISH TRAILでのショーの広告
      抄訳

      今夜からスタート、土曜日まで。ツーソンのエンターテインメントの歴史で初めて!ラスベガスから2組のヘッドライナーが出演。フロアショーは6時間ぶっ続け。
      先週に引き続きBROTHERS KIM with EIKOが特別出演。ラスベガスのトロピカーナホテルの舞台からやってきた日本人グループは7時、9時、11時に出演。ツーソンでこれほどすごいスター揃いのショーは他にありません。(※KIM BROTHERSは韓国出身)

    • 1965年4月20日号

      ただ今出演中、土曜日まで。内容は1965年4月19日号と同じ。

    • 1965年4月21日号

      1965年4月20日号と同じ。

    • 1965年4月22日号

      1965年4月20日号と同じ。

    • 1965年4月24日号

      今日が最終日。内容は1965年4月20日号と同じ。

    • 1966年5月26日号 (1)
      見出
      The Boys From Korea
      意訳

      The Brothers Kim and Eikoが二度目の再契約を済ませ、この金曜日にスパニッシュトレイルへやってくる。彼らはあのKim Sistersの兄弟で、姉たちの成功をきっかけに渡米。現在は姉たちから音楽を教わっており、一人前になるまで結婚することも許されていない。この一家は朝鮮戦争の時に米軍に助けられ、1958年には3人の少女がアメリカに連れて来られ、ラスベガスでデビューした。キム一家の人気は、アメリカが恵まれない国の人達にとって夢の国であるということの一例である。

      ショーは毎晩4ステージ。8時、9時30分、10時45分、0時から。

    • 1966年5月26日号 (2)
      見出
      What To See And Do Next Week (NIGHTCLUBS)
      内容
      Spanish Trailでは現在コメディと音楽で楽しませるThe Partnersが出演中。木曜日まで。金曜日にはThe Brothers Kim and Eikoのステージが開幕。ショーは毎晩4ステージ。8時、9時30分、10時45分、0時から。
    • 1966年5月31日号
      内容
      SPANISH TRAILでのショーの広告
      抄訳
      金曜日からスタート。毎晩3ステージ、8時、10時、11時45分開演。
      (告知)今週土曜のショーのどれかにKIM SISTERSが登場します。
  • Van Nuys Valley News

    Van Nuys Valley News 1965年11月2日号Van Nuys Valley News 1970年2月27日号 (1)Van Nuys Valley News 1970年2月27日号 (2)Van Nuys Valley News 1970年3月13日号 (1)Van Nuys Valley News 1970年3月13日号 (2)Van Nuys Valley News 1970年3月27日号Van Nuys Valley News 1970年4月3日号Van Nuys Valley News 1970年4月10日号Van Nuys Valley News 1970年8月14日号 (1)Van Nuys Valley News 1970年8月14日号 (2)Van Nuys Valley News 1970年8月21日号 (1)Van Nuys Valley News 1970年8月21日号 (2)Van Nuys Valley News 1970年8月21日号 (3)Van Nuys Valley News 1970年8月28日号
    • 1965年11月2日号
      見出
      LAS VEGAS FLASHES
      内容
      Hotel TropicanaにあるBlue Roomの来月のラインナップ。(Gene Baylos、the Smart Set、Brothers Kim and Eiko)
    • 1970年2月27日号 (1)
      見出
      Mercer's Group Comes to Valley Spot
      抄訳

      Jerry Mercer and the Mercenariesが朱里エイコを歌手に迎えて、引き続きRuddy Duckのステージに出演。

      新しいメンバー構成は、リーダーであるJerry Mercer(サックス・上段左)に加え、Tommy Andrews(ドラム・下段左)、Bobby Andrews(ベース・下段右)、John Bury(ピアノ・オルガン・上段右)。

      Jerry Mercerはニューヨークやラスベガスなどのクラブや、TVではエド・サリバン・ショーやマイク・ダグラス・ショーなどに出演。エイコは毎週月曜から土曜まで出演する。

    • 1970年2月27日号 (2)
      内容
      Ruddy Duckでのショーの広告
      詳細
      HERB JEFFRIES and His "Relations"が今週末まで。3月3日からJERRY MERCER & the Mercenariesがオープン。
    • 1970年3月13日号 (1)

      Acts in Review - MERCENARIES AT RUDDY DUCK

    • 1970年3月13日号 (2)
      出演情報
      Sherman OaksにあるRUDDY DUCKにJERRY MERCER & THE MERCENARIESが出演。
    • 1970年3月27日号

      1970年3月13日号の出演情報に同じ。

    • 1970年4月3日号

      1970年3月13日号の出演情報に同じ。

    • 1970年4月10日号

      1970年3月13日号の出演情報に同じ。

    • 1970年8月14日号 (1)
      見出
      PERKY PIXIE
      内容
      朱里エイコがラスベガスのサハラ・ホテルに出演したキャストを引き連れてトーランスにあるHop Louie's Latitude 20にやってくる。
      内容
      Latitude 20でのショーの広告
      詳細
      8月18日の火曜日オープン。The Reycardsは今週末まで。毎晩9時から3ステージ。
    • 1970年8月14日号 (2)
      出演情報
      TorranceにあるLatitude 20にEIKO SHURIが出演。
    • 1970年8月21日号 (1)
      見出
      Acts in Review - EIKO SHURI AT LATITUDE 20
      抄訳

      日本からやってきた朱里エイコは、声、アクション、身のこなし、パワー、そして個性といった優れた歌手の条件を全て備えている。そんなエイコは最近ラスベガスの有名ホテルでのショーを成功させ、今度は3週間の日程でトーランスのHop Louie's Latitude 20に出演、火曜日にオープンする。

      まだ20歳そこそこのエイコだが、多才かつ聴衆とのコミュニケーション方法をよく知っていて、ベテラン歌手のように堂々と歌う。エイコのレパートリーは最近のヒット曲からオールディーズまでと幅広く、特に「Working on a Groovy Thing」などは完璧に歌いこなす曲の一つ。日本の曲をいくつか織り交ぜているが、日本語で歌う「Love Is Sad(詳細不明)」などは特にお楽しみの一つになっている。

    • 1970年8月21日号 (2)

      1970年8月14日号の出演情報に同じ。

    • 1970年8月21日号 (3)

      1970年8月14日号のショーの広告に同じ

    • 1970年8月28日号

      1970年8月14日号の出演情報に同じ。

      1970年8月14日号のショーの広告に同じ

  • Variety (Daily)

    ※未読につき、検索にヒットしたワード周辺のセンテンスを掲載します。
    • 1965年6月7日号

      Brothers Kim and Eiko, now featured in Troplcana lounge

    • 1965年6月8日号

      Brothers and Eiko into the Copa for five weeks

    • 1965年9月30日号

      TV show will be Peter Gennaro, Kim Sisters, Brothers Kim and Eiko & Irwin Corey.

    • 1970年8月20日号

      LATITUDE 20 Eiko Shuri

    • 1970年9月25日号

      singers Jimmy Borges and Eiko
      ※未確定

    • 1975年7月29日号

      Shoshu Soka Gakkai Academy, an international Buddhist group. Linda Yamamoto, Eiko Shuri, Izumi Yukimura, Osami lino and Hideo Murata

    • 1976年2月11日号

      NEW ACT REVIEW Eiko Shuri (Frontier; songs, 40min.) Las Vegas. Feb. 10
      Eiko Shuri, who manages to overcome the obvious push and trappings with a potent clear delivery of w.k. pops. She comes on with fan and mincing geisha gestures

    • 1976年3月8日号

      Eiko Shuri romps up-Strip from recent Frontier Winner's Circle

  • Variety (Weekly)

    ※未読につき、検索にヒットしたワード周辺のセンテンスを掲載します。
    • 1965年2月17日号

      Brothers Kim and songstress Eiko, held over in Tropicana lounge, have been signed for April 29 Harrah's date

    • 1965年4月14日号

      BROTHERS KIM WITH EIKO Spanish Trail

    • 1965年6月2日号

      Brothers Kim, Eiko

    • 1965年6月9日号

      Brothers Kim, Eiko

    • 1965年8月18日号

      EL CORTEZ-Eiko, Bros. Kim

    • 1965年11月17日号

      Brothers Kim, Eiko

    • 1965年11月24日号

      Brothers Kim, Eiko

    • 1965年12月1日号

      Brothers Kim, Eiko

    • 1965年12月8日号

      Brothers Kim, Eiko

    • 1966年6月1日号

      Brothers Kim, Eiko Tanabe

    • 1966年6月8日号

      Brothers Kim, Eiko Tanabe

    • 1966年6月15日号

      Brothers Kim, Eiko Tanabe

    • 1966年6月22日号

      Brothers Kim, Eiko Tanabe

    • 1966年6月29日号

      Brothers Kim, Eiko Tanabe

    • 1966年7月6日号

      Brothers Kim, Eiko Tanabe

    • 1970年8月5日号

      NEVADA LODGE-Eiko Shuri

    • 1970年8月19日号

      LATITUDE 20-Eiko Shuri Revue

    • 1970年8月26日号

      LATITUDE 20-Eiko Shuri Revue

    • 1970年9月2日号

      Latitude 20, L.A. Eiko Shuri Show, Cooper & Co. Eiko Shuri is cute

    • 1975年4月23日号

      New Orleans Eiko Shuri
      She's Eiko Shuri, a Japanese recording star making her first stop on an American tour

    • 1975年5月14日号

      Warner-Pioneer: Founded in 1970 with joint financing from Warner Bros, and Watanabe Production Pioneer Co. Shin Watanabe assumed the presidency in 1972. Now has total sales of eight billion yen a year for its disks and tapes. Japanese artists under exclusive contract to the label are Rumiko Koyanagi, Agnes Chan, Eiko Shuri, Akiko Kosaka, Miyoko Ai, Hiromi Kurita, Anonenone, Aiko Itoh, Grape Friends and Nami Shirakawa.

    • 1975年7月9日号

      Japanese songstress Eiko Shuri

    • 1976年2月18日号

      EIKO SHURI Frontier, Las Vegas Songs
      Eiko Shuri, who manages to overcome the obvious push and trappings with a potent clear delivery of w. k. pops. She comes on with fan and mincing Geisha gestures

    • 1977年5月4日号

      It also has hopes for Eiko Shuri

    • 1979年1月24日号

      Eiko Shuri fully recovered from an automobile

  • Walla Walla Union Bulletin

    Walla Walla Union Bulletin 1966年9月7日号
    • 1966年9月7日号
      見出
      ワシントン州ワラワラにあるB.P.O. ELKS No.287でのショーの広告
      抄訳

      歌って、14種類もの楽器を演奏して、あのKim Sisters同様人気急上昇中。「エド・サリバン・ショー」や「ハリウッド・パレス」に出ていた彼らに会いに行こう!
      毎晩9:30と0:00の2ステージ。9/6(火)から9/10まで。