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恋のおとし穴/孤独の太陽

  • 「恋のおとし穴/孤独の太陽」ジャケット表面
  • 「恋のおとし穴/孤独の太陽」ジャケット裏面
  • 「恋のおとし穴/孤独の太陽」A面のラベル
  • 「恋のおとし穴/孤独の太陽」B面のラベル
  • 「恋のおとし穴/孤独の太陽」見本盤 A面のラベル

詳細データ

画像

キングレコードのスリーブ・デザイン

型番
BS-7162
発売日
1967/4/10
価格
¥330
演奏
レオン・サンフォニエット
発売元
キングレコード株式会社
マトリクス番号
SF 2187(A面)、SF 2188(B面)

解説

週刊平凡 1967年5月11日号より

ジャケットと同じ衣装

音楽舞踊新聞 1967年10月15日号より

堀内美紀とミュージカルの稽古場にて。(1967年10月頃)

1966年9月にアメリカから帰国し、1967年4月に満を持してデビュー。キングレコードから発売された、"芸名・朱里エイコ"としての初めてのシングルである。

ジャケットの赤と黒という配色が彼女の歌の力強さ・パンチを表しているように感じる。

イメージ戦略の赤と黒といえば、リズムのセンスを母・朱里みさをに見出され、力強い男役を得意とした宝塚のトップスター鳳蘭がそういった色の衣装が多かったというところに共通するものがある。

当時の芸能雑誌などに掲載された写真(右)見ると、本当は長い髪をしており、ジャケットはカツラをかぶって撮影されているのが判る。

これもデビューしたばかりの新人のイメージを考えての演出なのだろうか。シングル「ハバナ・アンナ」あたりではショートヘアーになっているようだが、それまではどうなっていたのかは分からない。

ところで、演奏を担当したレオン・サンフォニエットとはキングレコードの演奏と務めた楽団で、演奏ジャンルやメンバー編成によって、オールスター・レオンやレオン・オールスターズなどとその都度名前を変えて活動したようだ。実際これらの名前を朱里エイコのシングルのクレジットに見ることができる。その実態はNHK交響楽団メンバーの内職のようなものだったそうだ。

レオン(leon)とはスペイン語のライオンで、キングレコードのロゴもライオンなのでその辺から命名されたのだろうか。サンフォニエットは小編成の交響楽団という意味の、symphoniette(フランス語)から。語呂はいいが、よく考えると強引な組み合わせだ。

曲目紹介

  • 恋のおとし穴

    作詞
    福地美穂子
    作曲
    すぎやまこういち
    編曲
    森岡賢一郎
    音楽舞踊新聞 1967年5月5日 上旬号

    デビューシングルの広告。音楽舞踊新聞1967年5月上旬号より。

    お得意のパンチ唱法をふんだんに取り入れた軽快なポップスである。シンプルな曲調だが、よく聴くとバックでジャズ風のピアノ・アドリブが乱れ飛んでいるといった贅沢な作りになっている。

    テレビでもてはやされているような歌手に遅れを取ってはいけない、流行歌でヒットを、という考えの母・朱里みさをのプロデュースで歌ったものである。

    テレビへの露出の高さやそれに伴うレコードの売り上げ枚数が、即ち歌手としての評価という風潮が席巻していた時代にあって、娘の希望に対する母の判断は的確だったと言わざるを得ない。

    ジャズを歌うステージ歌手を目指して奮闘してきた朱里エイコは、テレビ出演の際に番組司会の前田武彦から「あなたも流行歌を歌わなければならないんだね」とコメントされたそうだ。(朱里みさを『裸の足』pp.191-197)

    期待の実力派大型新人として各方面で実力を認められていた一方、世間の耳目を一身に集める人気歌手としての栄光の座にはまだまだ程遠く、キングレコードに在籍した数年は彼女にとって試行錯誤の下積み時代となった。

    作曲は学生時代に師事したすぎやまこういちである。

    すぎやまこういちは、CMソングや歌謡曲などの作曲家として知られるようになる以前は、フジテレビのディレクターとして、様々な伝説的音楽番組の制作に携わった。

    代表曲は、ザ・ピーナッツ「恋のフーガ」、ザ・タイガース「花の首飾り」「君だけに愛を」、ヴィレッジ・シンガーズ「亜麻色の髪の乙女」、ガロ「学生街の喫茶店」など。ファミコン世代には国民的RPG「ドラゴンクエスト」の作曲家としてのほうがピンとくるのだろうか。

    森岡賢一郎は、朱里エイコのキングレコード時代の楽曲のほとんど全ての楽曲アレンジを担当した作曲家・編曲家である。ヒット曲のアレンジを多数手がけており、SMS移籍前の小柳ルミ子の一連のヒット曲のアレンジが特に有名。

    作詞の福地美穂子については詳しいことは判っていない。朱里エイコに詞を提供したのはサード・シングルB面の「恋のアングル」まで。放送作家として活動していたことが判っているほか、ザ・ピーナッツや森山加代子の曲の作詞・訳詞にその名前を見ることができる。

  • 孤独の太陽

    イン・マイ・ルーム
    作詞・作曲
    Joaquín Prieto
    英語詞
    Lee Pockriss, Paul Vance
    訳詞
    音羽たかし
    編曲
    森岡賢一郎
    Verdelle Smithのアルバム

    オリジナルはJoaquín Prietoが作詞・作曲し、弟のAntonio Prietoが歌った「El Amor」。二人はチリ出身で、アルゼンチンで主に活躍したアーティストである。

    このスペイン語の曲はLee PockrissとPaul Vanceによって英語訳され、「(Alone) In My Room」というタイトルでVerdelle Smithのデビューシングルとなった。朱里エイコがカバーしているのはこちらのバージョン。

    ペギー葉山「愛のわかれ/孤独の太陽」

    J.S.バッハの「トッカータとフーガ ニ短調」を連想する、というよりもそのままのイントロ。日本でヒットしたのは、1966年11月発売のThe Walker Brothersのセカンドアルバム『Portrait』に収録されたもののシングルカットだろうか。

    また朱里エイコのほかに、同じキングレコードの大先輩であるペギー葉山が「愛のわかれ(原題:Non pansare a me、イタリアのポップ歌手であるClaudio Villaが1967年のサンレモ音楽祭で歌って優勝した作品)」のB面でカバーしている。

アイコン

この音源について。

シングル「恋のおとし穴/孤独の太陽」とこの音源を収録しているCD「朱里エイコ★イエ・イエ レイト60's東京モッド・ガール・コレクション(2)」は国会図書館の新館1階にある音楽・映像資料室で聴くことができます。資料の利用には許可申請が必要です。CDは廃盤になっていますが、AmazonやYahoo!オークションなどで比較的簡単に入手できます。